『仮面の男』ユスターシュ・ドージェとは何者か?

「鉄仮面の男」の存在を知ったのは11歳の頃だ。『タイタニック』で世界的にブレイクしたレオナルド・ディカプリオが次に出演する映画は何か。世界中がディカプリオの次回作に注目していた。もちろん佐賀県の田舎に住んでいた私も例外ではない。
しかし、イメージとは裏腹にディカプリオが選んだのは決して超大作とは言えない、文芸映画だった。それが『仮面の男』だ。

『仮面の男』

ディカプリオが一人二役を演じるという話題性はもちろん、その役柄が若き日のルイ14世というのも、当時のアイドル的な人気と端正な顔立ちも相まって、有無を言わせない説得力に満ちていた(ただし、ディカプリオはアイドル的な見られ方を嫌悪していたというのは記しておきたい)。

『仮面の男』は文豪アレクサンドル・デュマが書いた、『三銃士』シリーズの一つ『ダルタニャン物語』第三部『ブラジュロンヌ子爵』を元にしている。
タイトルの『仮面の男』とはフランス王国のバスティーユ牢獄に収監されていた、常に鉄仮面を被っていたとされる正体不明の囚人のことだ。
果たして「鉄仮面の男」の正体とは誰なのか?
今回は、ともに世界史の大きな謎に迫ってみようではないか。

「鉄仮面の男」の正体

今日、仮面の男の正体として有力視されているのが、ユスターシュ・ドージェという人物だ。
ドージェには、常に仮面がつけられており、「囚人がそれを外そうとしたら射殺せよ」という命令まで下っていたと言われる。
ただ、今日では被っていたのは鉄仮面ではなく、ビロードの仮面であり、なおかつ仮面をつけるのは他の囚人に顔を見られる可能性のある移動中の時だけでよかったとの説も有力だ。

 

© 1998 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc.
映画『仮面の男』では伝承の通りに鉄仮面を被っている。さぞ重かろう・・・

ユスターシュ・ドージェ

ユスターシュ・ドージェはバスティーユに投獄されるまで、いくつかの監獄に収容されている。
まずその名前が登場するのは1669年7月末にフランスの陸軍大臣ルヴォワ侯爵がピネローロ監獄の監獄長サン・マルスに送った書簡の中だ。その中でルヴォワ侯爵はユスターシュ・ドージェという新たな囚人が来ることを伝えている。

ユスターシュ・ドージェは1669年7月19日にルイ14世から逮捕状が出され、7月28日にカレー近郊で逮捕された。ユスターシュ・ドージェはルイ14世の幼馴染、ルイ・ドージェの兄の名である。ユスターシュ・ドージェは大変な放蕩者としても知られており、フランス軍の士官となりながらも、その素行の悪さによって除籍されてしまう。
その後もあまりに破廉恥な振る舞いのために、ドージェの家族はルイ14世に対してドージェを逮捕するように要請したとのことだ。

即座に処刑せよ

ユスターシュ・ドージェは8月下旬にピネローロ監獄に到着し、1681年までそこに収監されていた。
サン・マルス宛の書簡の中には、囚人に対し「誰にも聞かれないよう二重扉の部屋に閉じ込めること」「監獄長だけが囚人と面会し、食料、水、その他必要なものを運ぶこと」そして「もし囚人が自分の必要以外のことを話した場合は、即座に処刑すること」という異例の指示が書いてあった。サン=マルスはドージェに一日に一度だけ面会し、食事やその他の必要なものを提供することになっていた。
命令とは裏腹に、サン=マルスはドージェに対してうやうやしく接し、またドージェにはギターを弾く自由も与えられていたという(しかし命令のためにサン・マルスは常に装填済みのピストルを携行してドージェと会っていたと言われる)。

フランスの作家であるコンスタンス・ジョリとエレツ・レビは、その罪状の割にドージェがあまりに破格の扱いを受けていることを指摘し、実はユスターシュ・ドージェはその名前を貸しただけであり、囚人の正体は別にいるのではないかという説を唱えている。

秘密を知りすぎたフーケ

当然、この厳重に保護された不詳の囚人の正体は様々な噂を呼んだ。そのたびにサン・マルスは「中国の皇帝だ」「トルコの大貴族だ」とその場で出まかせを話していたようだ。
この噂をかき消すため、ルイ14世は同時期に監獄の囚人となっていた元大蔵卿フーケの下僕としてドージェを使うように命令した。
後にルヴォワ侯爵は減刑を餌にフーケに対してドージェの正体を教えるように頼んでいるが、1680年にフーケは秘密を抱えたまま亡くなっている。
ちなみにこのフーケの死亡は突然のことであり、一説にはフーケがあまりに秘密を知りすぎたためにルイによって毒殺された可能性も取りざたされている。

サン・マルスの転任と共にその都度、部下ごとドージェも移送されており、1681年にはエグズィル要塞、その次は1687年5月にドージェはカンヌ沖のサント・マルグリット島へと移送された。
その中で身元を隠すために鉄仮面をかぶった囚人がいるという噂が大衆の間にも広がり始めた。その正体についてはルイ14世の双子の弟からシャルル2世の私生児、さらに失脚したフランスの将軍ではないかという説、果てにはフランス元帥、高等法院議長、ボーフォール公、オリバー・クロムウェルの息子だという説まであったという。

 

© 1998 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc.
映画の中では鉄仮面の男はルイ14世の兄であり、暴君とされたルイ14世と入れ替わる。

バスティーユ牢獄

翌年、ユスターシュ・ドージェはバスティーユ牢獄へ連れていかれた。依然として「もし囚人が自分の必要以外のことを話した場合は、即座に処刑すること」という命令は下されていた。その当時のバスティーユの国王代理官はユスターシュ・ドージェについて、「その囚人は常に黒ビロード製の仮面で顔を覆っており、ロザルジュ副官とサン・マルス司令官がすべて身の回りの世話をし、彼らから直々に丁重な扱いを受けていた」と書き記している。

鉄仮面の最期

1703年11月19日にバスティーユ牢獄で息を引き取った。彼は翌日、「マルキオリ」という名で埋葬され、人生の最後の34年間を幽閉生活で過ごした。その名前から数人の歴史家は、「仮面の男」の正体はイタリアの外交官エルコレ・アントニオ・マッティオリであったと結論付けている。
ちなみにサン・マルスはその34年間で現在の貨幣価値市に13億円以上もの報酬を得ており、いかにユスターシュ・ドージェが重大な人物であったかがわかる。
一説によると、一人の男がドージェが埋葬された翌日に墓堀人を買収し、その墓を暴いたが、頭部は石に置き換わっていたという。

今日ではドージェの正体は映画『仮面の男』のフィリップ同様、ルイ14世の兄ではないかと言われている。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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