なぜ日本人は『アルマゲドン』で泣いたのか?

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


両親と最後に映画を観に行ったのはいつだろう。恐らく1998年の『アルマゲドン』だと思う。

『アルマゲドン』

『アルマゲドン』はマイケル・ベイ監督、ブルース・ウィリス主演のSF映画だ。
映画館で母はこの映画にとても感動し、涙を流していた。その後に発売されたVHSまで購入していたから、相当お気に入りの一作でもあったのだろう。
実際『アルマゲドン』は日本で1998年の興行収入No.1の大ヒットとなったが、映画ファンや本国アメリカでの評価は芳しいものではない。
それはいったいなぜだろうか?今回はその理由を探りながら、なぜ日本人が『アルマゲドン』で泣いたのかを考察してみたいと思う。

『アルマゲドン』の低評価の原因

まずは『アルマゲドン』が低評価を受けている原因から見ていこう。
やはり基本的な科学考証や脚本の矛盾は目立つ。

地球上に隕石が降り注ぐシーンだが、ニューヨーク、パリ、上海と世界的な大都市が隕石によって壊滅状態となる。
だが、そもそも地球の70%は海であり、陸に落ちる確立すら30%程度であるのに、しかも大都市ばかりに隕石が落ちるのはあり得ないだろう。
この時、地球に降ったのは大きくても小型車くらいの大きさの隕石だが、地球にはテキサス州と同じくらいの大きさの超巨大隕石も迫ってきていた。これが地球に落下すれば人類の絶滅は免れない。
地球に巨大隕石が迫るなか、NASAは地球の命運を石油採掘業者に託す。彼らの任務は隕石に穴を開け、そこに核爆弾をセットし、隕石を割り、地球への軌道を変えることだ。
そこで白羽の矢が立てられたのが世界最高の石油堀りの達人であるハリー・スタンパーだ。彼は仲間と共に人類の命運を背負って宇宙へと飛び立つ。

これは『アルマゲドン』の簡単なストーリーだが、この時点でも複数のツッコミを入れられそうだ。
まず、いくらなんでもテキサス州ほどの大きさの巨大隕石ならばもっと早く見つけられるだろうということだ。もっとも、これには「政府が許す宇宙の調査予算は全宇宙の3%。宇宙はバカでかいのです」と劇中で一応の理由づけはされる。だが、宇宙の3%であってもこの巨大隕石はもっと早く見つけられただろう(NASAより早く隕石を見つけるのはなんと一般の天体マニアである。いいのか、それ?)。
さらに穴を開けてその中で核爆弾を爆発させるのだが、ハリーらが宇宙へ持っていくのは人が乗れる程度の核爆弾ひとつ。何度も言うようだが、テキサス州ほどの大きさの巨大隕石だ。それほどの隕石二つに割るためには、ある試算では最大級の威力を持つ核兵器のさらに10億倍もの破壊力が必要になるという。
もっと言うと、爆破するタイミングも遅すぎる。現実的には隕石が太陽系外にある時点で爆破しないと、地球への落下は避けられないそうだ。
ハリーの部下であり、ハリーの娘のグレースと付き合っているA・J・フロストを演じたベン・アフレックは監督のマイケル・ベイに「石油採掘業者を宇宙飛行士にするより、宇宙飛行士に採掘方法を教えた方がいいのでは?」ともっともな疑問をぶつけたところ、「黙れ」と一蹴されたというエピソードもある。

NASAのこの隕石への対応策一つをとってみてもこれだけのツッコミどころが見つかるのだから、実際にハリーらが宇宙へ向かってからも様々な考証ミスがある。
例えばスペースシャトルの2台同時打ち上げや、そのスペースシャトルが炎を上げながら爆発する場面(宇宙空間に酸素はない)、地球と差ほど変わらない距離にあるにも関わらず、真っ暗な巨大隕石やその隕石にも地球と同等の重力があるかのような描写が有名だ。
『アルマゲドン』の科学的な矛盾や考証ミスを全て挙げていくと一冊の本が出来るとまで言われているほどだ。
とあるサイトによると、『アルマゲドン』のミスは168の間違いがあり、NASAでは管理職研修の一環として『アルマゲドン』を観させているらしい。もちろん、間違いを探させるためだ。

宇宙というフロンティアを舞台にした西部劇

そもそも『アルマゲドン』は日本ではあまりヒットを期待されていない作品ではあった。
というのも『アルマゲドン』公開の2ヶ月前に、同じく地球に迫った巨大隕石を核爆弾で破壊しようとする映画『ディープ・インパクト』が公開されたからだ。これほど似通ったプロットの作品がなぜ続いたのか。

ハリウッドでは映画の企画段階から多くの人が作品作りに関わる。『アルマゲドン』も『ディープ・インパクト』も元々は同じ一つの企画だった。
その企画が途中で分裂し、別の製作会社でそれぞれの脚本家が別の映画にしたのがこの2本なのだ。
とは言っても映画の方向性は全く違う。『ディープ・インパクト』は世界の終わりを迎えた世界のなかで人々はどのように行動するか、という極限状態でのヒューマニズムが描かれている。
それに対して、『アルマゲドン』は危機を回避するために荒くれものの男たちがそれぞれの思いを抱えて宇宙へ乗り込むヒーロー的な映画なのだ。『アルマゲドン』のプロデューサーはジェリー・ブラッカイマー。言わずと知れたヒット・メーカーでもあり、エンターテインメント性を重視している。だからだろうか、『アルマゲドン』には終末論的な絶望感よりも、敵を倒すために未開の地へ乗り込む、開拓者精神(フロンティア・スピリット)を感じさせる。それは舞台を宇宙に変えた西部劇とも言えるだろう。
エンディングでミッションを終えて帰国したA・JにNASAの職員であるトルーマンがこう声をかける。
「お帰り、カウボーイ」
やはりこの映画は宇宙というフロンティアを舞台にした西部劇だったのだ。

実際にアメリカ版の予告編では世界の危機に対して重大な任務を背負い宇宙で奮闘する男らしさが全面に押し出されている。
一方で、日本版の予告編では上記の要素もあるものの、家族愛の要素がより強調されている。
当初はA・Jの出番はカットされ、ハリーとトルーマンの物語が中心になる予定であったという。トルーマンはNASAの職員の中でも政府側ではなく、常にハリーの側につき、彼らを一貫してサポートしている。トルーマンも過去に宇宙飛行士のテストを受けたが、足に障害があり、その夢を諦めたという過去を持つ。
ハリーらの任務は多くの犠牲を出しながらも、なんとか目標とする深さの穴を掘ることに成功する。だが、地殻変動の影響によって核弾頭の遠隔起爆スイッチが壊れてしまう。核弾頭を起爆させるには誰かが残って手動でスイッチを押すしかない。くじ引きでその役割はA・Jに決まる。
「グレースによろしくと伝えてくれ」A・Jは見送りのハリーにそう言い残すが、ハリーはA・Jを無理やりシャトルへ乗せる。
「娘を幸せに、それがお前の仕事だ」ハリーはA・Jに自分の宇宙服のワッペンを外し、「これをトルーマンに渡してくれ」と頼む。そしてハリーは一人核弾頭を爆破させるために巨大隕石に残る。
『アルマゲドン』の公開は1998年だが、前年に公開された『タイタニック』のヒットを受けて、作品に家族愛やラブロマンスの要素が追加されたという。
『アルマゲドン』の動画配信サイトなどを見ていると、「泣きパニ映画」と紹介しているところが複数ある。

泣きパニ映画

泣きパニ映画とは、『タイタニック』と同じように、パニック映画でありながら泣ける要素も備えているということだ(そのまま…)。『タイタニック』はもともと沈没事故ありきで、そのインパクトを確かなものにするために、ラブロマンスが織り込まれた。果たしてその目論見は大当たりした。『タイタニック』は当時の世界興行記録を塗り替える大ヒットとなった。
もちろんそこには『アルマゲドン』とは対称的に、ジェームズ・キャメロンの史実に対するこだわりや時代考証、タイタニック号の再現にも一切手を抜いないというのもあるのだろう。また、単なるラブロマンスやパニック映画だけではなく、少し目を凝らしてみれば、フェミニズムの側面も見えてくる。
比べると『アルマゲドン』は確かに泣きの要素はあるものの、エンターテインメントに特化し、ストーリーや科学考証は二の次になっている。

宣伝の違いが大きな差を生んだ『A.I.』

『アルマゲドン』のように、宣伝方法によって日本ではヒットということは2001年に公開された『A.I.』でも起きている。『A.I.』はスタンリー・キューブリックの遺稿を元にスティーヴン・スピルバーグが後を引き継いで完成させた作品だ。人間の母を愛するようにプログラミングされたロボットが捨てられ、それでもなお母の愛を求めてさまよう物語だ。
『A.I.』は欧米では哲学的な面を強調して公開された。 一方日本では母とロボットである子供の愛を全面に押し出した。結果、『A.I.』は欧米では興行的に失敗したが、日本では96.3億円もの大ヒットを記録、制作費を楽々回収できたという。

なぜ、こうなるのか?
欧米では作品に込められたメッセージを終始するのに対して、日本では情緒を重視するという意見があった。
うなづける部分はある。例えば最近話題になっていたが、TBSがプロ野球のテーマソングにジャーニーの『Separate Ways』を使い続けることもそうだろう。
確かに音楽は勇ましく男性的に聞こえるのだが、歌詞の内容は別れた女性への未練が溢れる、ナイーブなものだ。(ちなみにこの曲はPVが超絶ダサいことでも有名なので気になる人は是非)。
日本人の多くはイメージを優先してしまい、ロジックは二の次になってしまうのではないか。
少し今回の話とは異なるが、なぜ日本人が論理より感情を優先するのかというテーマの本はいくらでもある。
個人的にはそこには言葉の違いもあるのだろうと思う。日本語は結論の動詞を先送りにする文法であるし、互いのイメージさえ合っていれば、動詞を省くこともできる。そのかわりに、ニュアンスを伝えるための語彙は非常に多い。
英語は主語のあとにすぐに動詞がくる。つまり、私は〜する、ということを最初に述べる。結論ありきの文法なのだ。

果たして『アルマゲドン』で泣けるか?

とは言え、やはり個人的にこの映画は思い出深い作品でもある。両親との思い出もある。大好きなロックバンドの一つであるエアロスミスとの出会いもこの作品だった。
マイケル・ベイらしい映像の美しさと迫力、個性豊かなキャストも魅力的だ。既にブルース・ウィリスは引退、マイケル・クラーク・ダンカンは死去しているが、そういった意味でも今観返すと感慨深い作品でもある。
そんな『アルマゲドン』、泣けるか泣けないか、いまだからこそもう一度観てみるのもどうだろうか。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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