『ゴジラvsデストロイア』が「ゴジラ」の正統な続編である理由

「ゴジラ死す」

「ゴジラ死す」これが『ゴジラvsデストロイア』のキャッチコピーだ。

あの不死身のゴジラが死ぬ!?今作の公開当時、私は8歳だったが、その衝撃は今でもよく覚えている。

ゴジラの死は本作以降『GODZILLA』『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』『ゴジラ-1.0』などで描かれており、そこまでインパクトのあるものではなくなってしまったが、当時はゴジラの死を明確に描いたのは第一作目の『ゴジラ』しかなかった。それ以来、40年にわたってゴジラは生き続け、存在し続けてきたのだ。

あの時の私の気持ちを今の時代の感覚でいうならば、大好きなアイドルグループから推しメンが脱退するような気持ちだろうか。・・・いや、それ以上だ。だって死ぬんだから!

『ゴジラvsデストロイア』は1995年に公開された、「ゴジラシリーズ」の第22作となる作品だ。監督は大河原孝夫、主演は辰巳琢郎、石野陽子らが務めている。

『ゴジラ』(1984年)から続く、いわゆる平成ゴジラシリーズは本作を持って完結することになる。裏事情を話せば、ハリウッド版の『GODZILLA』(今となっては失敗作扱いだが)が後に控えていたために、一旦日本のゴジラ映画に区切りをつけねばならなかったからだ。

バーニングゴジラ

ゴジラが死ぬというアイデアは区切りという意味ではこれ以上ないものだ。
物語の冒頭で、ゴジラは香港に姿を現す。しかし、その姿は今までと大きく異なっていた。体はところどころから発光しており、目は赤く血走っている。ゴジラの鳴き声もそれまでとは微妙に異なっており、どこか苦しさを感じさせるものになっている。
今作のゴジラは「バーニングゴジラ」と呼ばれる。

今回の解説では、今までのゴジラと比べてバーニングゴジラが何を意味しているのかを中心に見ていきたいのだが、その前にバーニングゴジラがいかに後続のゴジラ映画に影響を与えているのかも見ておきたい。
個人的には数あるゴジラデザインのなかでも最も勇気のあるデザインで、かつエポックメイキングにもなったデザインだと思うからだ。
シン・ゴジラ』、『ゴジラxコング 新たなる帝国』のゴジラは明らかにバーニングゴジラの影響下にある。『シン・ゴジラ』のゴジラは表皮の一部から高熱によって生じた赤い光が漏出しており、『ゴジラxコング 新たなる帝国』のゴジラは大量のエネルギーを得たために背びれが赤色に変化している。

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『ゴジラvsデストロイア』が公開されたのは、今から30年以上も前のことだが、それでもいまだにバージョンを変えてフィギュアが発売され続けていることを考えると、やはりこの人気は驚異的だと言える。

しかし、バーニングゴジラはそのスーツがメカニックや電飾も含めて120キロ越えるなど、演者である薩摩剣初郎にとっては過酷を極めたという。それらに加えて、スーツ内の炭酸ガスの噴射ギミックによる酸欠で4回ほど卒倒するなどまさに命がけでの演技でもあった。

ちなみに、香港は今作の公開から2年後の1997年にイギリスから中国へ返還されている。

『ゴジラ』から『デストロイア』へ

ゴジラ映画は1954年に公開された『ゴジラ』から始まった。
当時は戦争が終わって10年と経っていない。そこに生きる人々の戦争の記憶もまだ生々しい時代だ。一方で1954年という時代は、日本の高度経済成長期が始まった時代でもある。
だが、そこに再び核の恐怖が日本を襲う。1954年3月に起きた第五福竜丸の被爆事件だ。遠洋漁船が、核実験に巻き込まれ、日本人が再び被爆者となったこの事件は、日本全国に衝撃を与えた。

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1954年に公開された『ゴジラ』の中で、志村喬演じる山根博士はゴジラについてこう説明する「ジュラ紀の時代に生息していた巨大が度重なる水爆実験によって安住の地を追われ、 ゴジラが果たしてどの水爆実験で誕生したかは明らかになっていない。 だ[…]

この事件の影響もあり、『ゴジラ』では、ゴジラは核実験が生み出した怪獣であると設定され、ゴジラは単なる怪獣ではなく、原水爆を象徴する生物にもなった。
だが、ゴジラが核の恐怖を背負った存在であったのは第一作目の『ゴジラ』のみであったと言っていい。続編の『ゴジラの逆襲』では、敵怪獣とのバトルという、今に続く「VS」要素が盛り込まれ、エンターテインメントの方向へ舵を切る事となる。
さらには1964年に公開された『三大怪獣 地球最大の決戦』からゴジラは人類の味方となり、映画館へ来る子どもたちのヒーローとなる存在に変化した。

1971年に公開された『ゴジラ対ヘドラ』こそ、テーマとして公害問題を取り上げ、『ゴジラ』以来の社会的なメッセージを帯びた原点回帰の作品ではあったが、公害問題の象徴として設定されたのは敵怪獣のヘドラであって、ゴジラは変わらず人間たちの味方であり続けた。

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日本人にとっても核の恐怖はすでに過去のものになりつつあったのだろう。そして怪獣ブームも去り、『メカゴジラの逆襲』以降、ゴジラ映画は長い休止期間に入ることになる。

だが、1984年に公開された『ゴジラ』は新かな設定を生み出す。それが、ゴジラが原子力発で新書の放射能をエネルギーにしているという設定だ。ここに来て、ゴジラは核兵器のメタファーから、原発のメタファーへと変換することとなった。おそらくは1981年に起きた敦賀原発の放射性物質漏れ事故の影響もあったのではないかと思う。
しかし、その後は放射能も生物を怪獣化させる役割として、都合よく利用される事となる。『ゴジラvsキングギドラ』のゴジラとキングギドラ、『ゴジラvsメカゴジラ』のラドンがそれにあたるだろう。

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『デストロイア』のゴジラ

だが、今回の『ゴジラvsデストロイア』は違う。ゴジラはいつ爆発してもおかしくない原子炉そのものである。そのような状態のゴジラに通常の火器攻撃はできない。バーニングゴジラを倒すには酸素破壊剤として、各廃棄を超える大量破壊兵器オキシジェンデストロイヤーを使わなければならないのかというのが『ゴジラvsデストロイア』の人類側の葛藤として描かれる。

ここでは、『ゴジラ』で、大戸島でのゴジラ被害者の生き残りであった、山田新吉の子供である健吉を見ておきたい。
『ゴジラvsデストロイア』では、『ゴジラ』の登場人物のその後が描かれている。尾形の恋人であった山根恵美子は、オキシジェンデストロイヤーの開発者でありゴジラとともに海に散った芹沢博士に操を立てたのか、尾形とは結婚せずに独身を貫いている。恵美子の父であった山根博士は、孤児となった山田新吉を養子に迎え、その新吉の息子が健吉となったわけである。
『ゴジラvsデストロイア』の監督である大河内孝夫は健吉を「ゴジラの誕生以後に生まれた世代」の主人公としており、原子力を脅威ではなく、有効利用できる技術として捉え、また、本作における「もう一つの核兵器」とも言えるオキシジェンデストロイヤーに対しても叔母である山根美恵子のように決して否定ばかりではない。

『ゴジラvsデストロイア』が「ゴジラ」の正統な続編である理由

映画の中ではデストロイアの登場によってゴジラを核爆発させないために、オキシジェンデストロイヤーの代わりにデストロイアと対決させるという案が採用されるが、裏を返せば、原子力を人間が完璧にコントロールすることは不可能という事実をこの案は物語っているのではないか?

このような問いかけは核兵器と原子力発電という違いはあれど、『ゴジラ』のメッセージにも通じる、現実社会への問いでもある。その意味で『ゴジラvsデストロイア』こそが『ゴジラ』の正当な続編といえるのではないか?

先にも述べたように、『ゴジラ』の直接的な続編は『ゴジラの逆襲』ではあるのだが、同作は『ゴジラ』のヒットによって急遽企画された作品に過ぎず、撮影期間は3ヶ月にも満たず、プロデューサーの田中友幸自身も「準備期間が短く、成功とは言い難かった」、また、主演の小泉博も、「ゴジラが当たったから会社が慌てて作った」とその印象を語っている。
事実、『ゴジラの逆襲』には山根博士以外には『ゴジラ』の出演者は登場していない(ゴジラも違う個体である)。
もちろん、怪獣同士の対決を描いたという点では『ゴジラの逆襲』もまたその後の「ゴジラ」シリーズを決定づけた重要な作品であるが。

皮肉なことに、『ゴジラvsデストロイア』の、公開と同じタイミングで「もんじゅ」の事故が発生。当時の朝日新聞の世論調査の結果では「もんじゅを中心とした核燃料再利用計画について、今後どうしたらよいと思いますか」という質問に対し、「日本はエネルギー資源が乏しいので計画は続けるべきだ」と答えた割合はわずかに17%。さらに「日本の原子力発電所で大事故が起きる不安を感じていますか」という質問には肯定的な回答が73%にのぼったのだ。

そして、本作から16年後の2011年に発生した東日本大震災において、『ゴジラvsデストロイア』で描かれたメルトダウンの脅威は現実的な恐怖としてついに日本中を覆いつくすことになるのである。

 

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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