
※以下の考察・解説には映画の結末のネタバレが含まれています
ロックバンド「マリリン・マンソン」の元メンバー、トゥイギー・ラミレスのステージネームは、1960年代に「ミニスカートの女王」トゥイギーと、1980年代に全米を震撼させた連続殺人犯のリチャード・ラミレスに由来している。
2024年に公開された映画『MaXXXine マキシーン』では、リチャード・ラミレス(通称「ナイトストーカー」)の存在が大きな位置を占める。
アメリカの1980年代
「アメリカを再び偉大に!」とのスローガンで大統領に当選したロナルド・レーガン。彼の就任とともにアメリカの1980年代は幕を開けたが、「双子の赤字」と呼ばれる巨額の貿易赤字と財政赤字がその未来を不確かなものにしていた。
レーガンはレーガノミクスと呼ばれる積極的な規制緩和で、それらの解決に取り組んだが、その負の側面としてアメリカ国民の貧富の差は拡大してしまった。そして、自由経済とは逆に、アメリカは保守的な国に回帰しようとしていた。レーガンの当選に大きな役割を果たしたのが、キリスト教保守派の団体だったからだ。
レーガンの理想は1950年代のアメリカだった。レーガンは1986年の一般教書演説で、前年に公開された『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のセリフを引用して「我々の行き先に道が敷かれている必要はない」と述べた。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はさえない高校生のマーティ・マクフライがタイムマシンに乗って1955年のアメリカへタイムスリップする話だ。
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1950年代の家父長制の強いアメリカへ反抗した若い世代が1960年代に台頭したロックンロールやヒッピー文化の中心となっていく。
同様に1980年代の若者もカウンターカルチャーを生み出していく。それらの代表的なものがメタルやスラッシャームービーだ。
どちらもそれまであったロックやホラー映画をより過激化させたもので、メタルはメタリカなどのスラッシュメタル、派手な風貌のL.A.メタルやヘア・メタル、スラッシャー映画はそれまで直接描写はほとんどされてこなかった残酷描写をこれでもかと見せつけるようになった。
メタルに関しては上記の他にも数え切れないほどのサブジャンルに分類され、そのなかには悪魔崇拝をテーマにしたサタニック・メタルなんていうカテゴリーもある。
リチャード・ラミレスもそんなロックと悪魔を信仰する不良の一人だった。
PMRCの公聴会
『MaXXXine マキシーン』では1980年代の闇の象徴として、ナイト・ストーカー、リチャード・ラミレスが用いられている。
そのような犯罪者に影響を与えた存在として、ロックンロールが槍玉に挙げられた。
1985年9月19日にPMRCによる「ポピュラー音楽の憂慮すべきコンテンツに関する」公聴会が開かれた。これは音楽に関する事実上の検閲であり、暴力であったり、セックスなどをテーマとする(と見なされる)音楽への規制を行おうとするものであった。
この公聴会は、まるで1950年代にロナルド・レーガンも推進してきた「赤狩り」の音楽版とも言えるだろう。
『MaXXXine マキシーン』の冒頭では、この公聴会の様子が挿入され、メタルバンド、トゥイステッド・シスターのヴォーカリストであるディー・スナイダーが発言している場面が映し出される。
映画の中では使われていないが、発言の前の自己紹介で、ディー・スナイダーは自らと楽曲について、以下のように述べている。
「私は30歳の既婚者で、3歳の息子がいます。クリスチャンとして育ち、今でもこの教えを守り続けています。信じられないかもしれませんが、私は煙草も酒もドラッグもやらない。ヘヴィメタルに分類されるトゥイステッド・シスターというロックンロールバンドの曲を演奏するし、作詞もしている。私は先に述べた自分の信念に基づいて作詞している曲を誇りに思っています」
冒頭で紹介した、リチャード・ラミレスがその由来となったトゥイギー・ラミレスの所属していたバンド、マリリン・マンソンにも同じようなことが起こった。
1999年に起きたコロンバイン高校銃乱射事件で、犯人の2人がマリリン・マンソンの曲を聴いていたことが明らかになると(犯人側は「ファンではない」と述べていたにも関わらず)、事件はマンソンのせいで引き起こされたと強烈なバッシングを受けた。
その先頭に立っていたのが、キリスト教原理主義者たちだ。『MaXXXine マキシーン』の中でも、スラッシャー映画の製作に抗議するキリスト教系の団体の姿を見ることができる。
『MaXXXine マキシーン』
『MaXXXine マキシーン』は、ポルノ女優からハリウッドスターへと転身して、成功をつかもうとするマキシーンが主人公だ。2022年に公開された『X エックス』、同じく2022年に公開された『Pearl パール』の続編となる三部作の最後と飾る作品だが、ほとんど独立した作品だと言っていい。
本作では、そんなマキシーンの周囲で次々に起こる殺人事件とその犯人を突き止めることがメインストーリーになっている。マキシーンはマリリン・チェンバースのように、ポルノ作品からメジャーな女優への脱却を図ろうとしていた。しかし、彼女の周りの知り合いや友人が続けて殺され、さらにマキシーンの周りを怪しい私立探偵ラバットがうろつくようになる。この私立探偵ラバットを演じているのはケヴィン・ベーコン。
ベーコンは1980年に公開されたスラッシャーホラーの代表作である『13日の金曜日』に端役で出演しており、犯人に矢で首を貫かれるという最期を迎えている。
本作では、マキシーンを尾行していたところ、彼女に気づかれ、暴行を受けた腹いせに復讐しようと、銃を片手にマキシーンの撮影現場に乗り込むようになる。
1980年代へのオマージュ
実は『マキシーン』は1980年代前後の映画作品への目配せやオマージュも数多く散りばめられている。
例えば、ラバットがマキシーンを追い回すシーンで時計台が映るが、これは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でがデロリアンのエネルギーを充填させるために使った時計台であり、序盤でマキシーンが案内された場所は1983年に公開された『サイコ2』に登場したベイツ・モーテルだ。
また、ラバットがプレス機で潰されるという最期は1984年に公開された『ターミネーター』を思わせる。演出面においては、何度か画面分割が挿入されるが、これは1977年に公開された『キャリー』でブライアン・デ・パルマが使ったテクニックだ。
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しかし、『悪魔と夜ふかし』や『ワンダーウーマン 1984』、『ジョーカー』もそうだが、なぜ最近の映画は1980年代前後を舞台にしたものが多いのだろうか?(『悪魔と夜ふかし』は1977年が舞台)
それは、その時代が今の時代ととても似通った状況にあるからだろうと思う。
1980年代と「今」とのリンク
現在へ続く資本主義の過度な行き過ぎは1980年代にすでに始まっていた。ロナルド・レーガンは「小さな政府」を唱え、社会福祉関係の予算を大幅削減した。このことは低所得者の負担を増加させた(俳優のクリストファー・リーヴは「レーガンは貧しい人々をレイプしている」とさえ語った)。
一方でレーガンはキャピタルゲイン減税を行い、富裕層をより富ませるような政策も実行した。これには富裕層の所得の増大が国民全体の所得の増加を後押しするという考えがあったようだが、レーガン政権下で結果的に格差は拡大している。さらに1987年にウォール街は大暴落に陥る。いわゆるブラック・マンデーだ。それによって、拝金主義にも歯止めがかかるのかと思えば、その後も新自由主義経済は続けられ、貧富の格差はますます拡大し、ついには2008年にリーマンショックを引き起こすことになる。
ドナルド・トランプもまた、レーガンと同じく「アメリカを再び偉大に!」をスローガンに選挙を勝ち上がった。
貿易赤字が拡大していたレーガン政権下では、製造業がドル高のために軒並み国外にその工場を移した一方で、証券取引は大幅に自由化された。その結果、株式ブームが巻き起こり、アメリカの主要産業は製造業から金融へとシフトした。
トランプもまた1950年代のアメリカを理想としているのだろう。それまでの慣習を無視した法外なトランプ関税を実施するなど明らかに国内の製造業の保護の意図が見てとれる。だが、行き過ぎた時刻ファーストが分断を引き起こしていることも確かだ。『MaXXXine マキシーン』もそうだが、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』『エディントンへようこそ』など近年の少なくない作品が映画を通して現実社会に警告を発し続けている。
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だが、1980年代は、力強い女性像が示された時代でもあった。『ターミネーター』でリンダ・ハミルトンが演じたサラ・コナーを筆頭に、『エイリアン2』でシガーニー・ウィーバー演じるエレン・リプリーもそうだろう。現在の女性へのエンパワーメントの萌芽をこの時代に求めることもできるのではないだろうか。
マキシーンもまた、事件の黒幕である保守的なキリスト教原理主義者である父を倒す。父はハリウッドの堕落を告発するためのスナッフ・フィルムを作成するために殺人を繰り返していたのだった。
連続殺人に終止符を打ち、一躍時の人となったマキシーンは彼女自身の伝記映画の制作を夢想する。
ちなみに、『MaXXXine マキシーン』の冒頭で挿入されていたPMRCの公聴会だが、一応過激な表現のあるアルバムには「ペアレンタル・アドバイザリー(親への勧告:露骨な内容)」のステッカーを貼る形で決着がついたが、それすらも今ではロックの著名なアイコンの一つとしてグッズ化されているのは皮肉としか言いようがない(日本ではX JAPANのhideが愛用するギターのヘッドに「ペアレンタル・アドバイザリー」のステッカーを貼っていたことは有名)。