『続・猿の惑星』真実を知ったテイラーのその後とは

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


1968年に公開された『猿の惑星』のラストシーンは映画史に残る名シーンだ。今はもうその結末を知らないという人の方が少ないかもしれないが、まさに衝撃の結末と呼ぶに相応しい。
もし、この結末を知りたくないという人がいれば、これ以上このページを読まない方が良い。
『猿の惑星』の結末を隠したまま、『続・猿の惑星』の解説はできないからだ。

東西冷戦の果て

『猿の惑星』は1968年に公開されたが、作品には当時の冷戦の影響が強く反映されている。
猿が支配する惑星に不時着した宇宙飛行士のテイラーは猿たちから逃れ、奴隷同然だった女性のノヴァと禁断の地へ向かう。そこで二人が見たものは朽ち果てた自由の女神像。猿の惑星は核戦争によって荒廃した未来の地球だった、というのが『猿の惑星』の結末だ。
これについては東西冷戦が激化していき、最終的には核戦争になったことを示している。
「本当にやりやがった!」「みんな地獄で苦しめ!」そう絶望するテイラーの姿で映画は幕を閉じる。

詳しくは『猿の惑星』の解説を読んでほしいが、現実世界においても1963年に起きたキューバ危機は歴史上で最も人類が核戦争に近づいた瞬間とも言われている。
また、『猿の惑星』に限らず、1964年に公開されたスタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』や、1959年に公開された『渚にて』など、様々な映画で東西冷戦の最悪の結末がテーマになっている。

『続・猿の惑星』

今回紹介する『続・猿の惑星』は1970年に公開されたテッド・ポスト監督、 ジェームズ・フランシスカス主演のSF映画だ。前作はチャールトン・へストン演じるテイラーが主人公だったが、演じるに変更となっている。これに関してはもともとチャールトン・へストンが続編製作に乗り気でなかったが、出演を強く依頼され、出演条件としてできるだけ出番を減らし、最後は死ぬようにすることという条件を出したためだ。

さて、『猿の惑星』には東西冷戦が反映されていると書いたが、『続・猿の惑星』には何が反映されているのだろうか。
あるサイトではベトナム戦争とその反戦運動だと書かれてあった。確かにそれもあるだろう。だが、個人的には今までアメリカが推し進めてきた戦争そのものではないかと思う。

物語は前作のラストの少し前、ジーラやコーネリアス、ザイアスと別れ、禁断地帯へ向かう所から始まる。
冒頭が前作のシーンからとは映画の尺を稼ぐためのセコい編集だと思っていたが、本当に当時20世紀FOXは財政難に陥っていたらしい。これに関しては1962年に公開された『クレオパトラ』が現在価値にして360億円以上の予算をつぎ込んだ超大作であったにも関わらず、興行的には大失敗作とされ、20世紀FOX自体も制作費の半分しか回収できずに大赤字となったことが大きな原因のひとつだ。奇跡的にこの危機を乗り越えられたのは1965年に公開された『サウンド・オブ・ミュージック』と『猿の惑星』の大ヒットがあったからだった。そこで手堅い稼ぎを狙って『猿の惑星』の続編が企画されたというビジネス的な裏事情もある(チャールトン・へストン自体はそもそも続編の製作自体に反対だったという)。それでも予算は当初の500万ドルから半分の250万ドルに減額された。

「唯一の良い人間は死んだ人間だけだ」

今回はゴリラを中心とする猿たちと主人公と、地下で人知れず暮らすミュータントと呼ばれる人間の三つ巴の争いが描かれる(『続・猿の惑星』の原題は『BENEATH THE PLANET OF THE APES』であり、「猿の惑星の地下」という意味になる)。
物語は前回の直後から始まる。猿たちの社会では食糧の確保のために禁断地帯へ攻めこみ、領土を拡大しようとする軍隊の声が大きくなっていった。
猿たちの将軍であるゴリラのアーサスはこう言う。
「唯一の良い人間は死んだ人間だけだ」そして、「これは聖なる戦いだ」とも。

ここではアメリカがかつて行った西部開拓とアメリカインディアンの虐殺をモチーフにしているのは間違いない。
「唯一の良いインディアンは死んだインディアンだ」
この言葉で知られるのはアメリカインディアンとの戦争に従軍したフィリップ・シェリダン。シェリダン大尉としてアメリカの南北戦争に参戦した後に、インディアン戦争にも参戦している。この言葉は先住民の首長から「良いインディアンもいる」と言われたときの返答の言葉だ。ちなみにシェリダンはアメリカ軍の戦車の名前として今も軍の中に残っている。
また「聖なる戦い」とはそれを神に与えられた使命とすることで、自らの行為を正当化もしているのだろう。西部開拓とその過程でアメリカインディアンたちが虐殺されたが、それも「明白な天命(マニフェスト・ディスティニー)」の名のもとに正当化されていった。「明白な天命(マニフェスト・ディスティニー)」とは「神が我々に与えたもうたアメリカ合衆国を拡大するのは神が我々に与えた明白な使命である」という考えだ。キリスト教では「植物や動物などの食べ物は人間のために神がもたらしてくれるものである」という考え方に立つ。その神がもたらすものの中に新大陸が加わり、その支配は「明白な天命」として正当性を持ち広まっていった。もちろんここでいう人間の中にアメリカインディアンは含まれていない。「明白な天命」を実行する過程において実に95%ものアメリカインディアンが命を落とした。

べトナム反戦運動

強権的に物事をすすめるアーサス将軍に対して、チンパンジーのコーネリアスとジーラは渋々ながらもそれに従う(余談だが、本作では暴力的で好戦的なゴリラと心優しい穏やかなチンパンジーというイメージでキャラクター設定がされているが、実際には穏やかで繊細な動物なのはゴリラであり、チンパンジーは危険な猛獣である )。
一方、猿の惑星にある宇宙船がたどり着く。それは行方不明になったテイラーを探しに来た地球(過去)からの宇宙飛行士たちだった。
唯一生き残った乗組員の一人であるブレントは、ジーラに会うために馬で移動していたノヴァに出会う。ノヴァが手にしていたドッグタグにテイラーの名前があったことから、ブレントはノヴァと行動をともにする。
ジーラとコーネリアスに会ったブレントはコーネリアスから禁断地帯の場所を教えられる。ノヴァともにその地へ向かおうとするブレントだったが、二人は兵士に捕らえられ、檻に入れられて、射撃用の的として遠くへ輸送されることになった。
しかし、ジーラが仕掛けておいた小細工によって、檻を抜け出すとブレントは再び禁断地帯へと向かうのだった。
同じ頃、平和を求めるデモの人々を蹴散らし、アーサス達の軍隊も禁断地帯へ出陣していた。
ここの描写は当時起こっていたベトナム戦争とその反戦運動を盛り込んでいる。

ベトナム戦争は今のように戦場を取材するメディアに対して報道規制が敷かれなかった。そのため、テレビに映し出される生々しい戦争の現実はアメリカ政府の唱える戦争の大義と現実の解離をまざまざと示して見せた。
『続・猿の惑星』の公開は1970年だが、その少し前の1968年にベトナム戦争の反戦運動はピークの盛り上がりを見せる。映画の中では反戦を訴える声はあっけなく無視されるが、現実には戦争反対の世論の高まりを受けて、1973年にアメリカ軍はベトナムから撤退している。

アンチ・アメリカイズム

ブレントとノヴァは禁断地帯の地下で、廃墟となった地下鉄の痕跡を見つける。ブレントはここでこの惑星が未来の地球であったことを知る。「人間は話せるようになっても平和を守れなかった」そこにいたのは地下に隠れて生活するミュータントとなった人類だった。彼らは猿を敵として超能力だけを武器に猿たちを禁断地帯から遠ざけていたのだった。
彼らは20世紀の遺物である原爆を神として崇拝していた。戦争で文明すら無くなるほどに荒廃した地球においてなお核攻撃も辞さないというミュータント達だが、ブレントは彼らには与しないことを言い放ち、猿達の軍隊が禁断地帯へ近づいていることを伝える。

ここまで書いて思うのは『続・猿の惑星』はつくづく「アンチ・アメリカイズム」と言える作品ということだ。
それは何か。西部開拓とアメリカインディアンの虐殺、ベトナム戦争、そして第二次世界大戦だ。
『続・猿の惑星』の脚本は何度か書き直されているが、イギリスの作家ポール・デーンが執筆したバーションでは日本への原爆投下で受けたトラウマが脚本に盛り込まれたという。結局このバージョンは没になっており、公開版にどの程度要素が活かされているのかは不明だが、  そしてミュータントたちが信奉する原爆には第二次世界大戦で実際に日本に投下された原爆を連想せずにはいられない。

アメリカが起こした戦争や大量殺戮はどれももっともらしい理由がつけられて実行された。ヒロシマとナガサキへの原爆投下には「それが戦争を早く終わらせ、犠牲者を増やさない最善の策」だとされた。民間人の死者は21万人を超え、被爆は原爆投下から70年以上経った今も世代を越えて多くの人を苦しめ続けているが。それらを『続・猿の惑星』では否定し続けている。アメリカの唱えてきた「正義」にことごとく逆らっていくのだ。

「審判の日」

ブレントはミュータント達の秘密を知りすぎたとして牢に入れられる。そこにいたのはテイラーだった。
再会を喜び合うも束の間、ミュータントたちの超能力によって、二人は殺し合いするように洗脳される。その洗脳を解いたのがノヴァのテイラーを呼ぶ声だった。
テイラーとブレントは協力して洗脳していたミュータントを倒す。だが、ミュータント達の超能力による幻覚を見破った猿の軍隊がミュータントたちの居住区まで侵入してしまう。非武装のミュータントは武装した猿の兵士たちになす術なく殺されていく。またこの戦いの中でノヴァもまた犠牲になってしまう。

最後のミュータントがとうとう最後の手段として原爆に手をかけるも、それは惑星そのものを破壊する威力をもった新型の爆弾だった。だが、そのミュータントも猿の兵士に殺される。
テイラーとブレントは原爆の爆発を阻止するために猿の兵士と奮闘するも、ブレントは集中砲火を浴び絶命、テイラーも致命傷を追う。
ここで、ザイアスとテイラーは再び顔を合わせる。テイラーは呼びかける。
「審判の日だ、世界が終わる。手を貸せ」
「人類は邪悪だ!破壊しかできん!」
ザイアスはテイラーにそう言い放つ。
「わたしはお前のような人間が現れるのをずっと恐れていた」
『猿の惑星』でテイラーにそう言ったザイアスの面影はそこにはない。
絶望したテイラーは原爆の起動スイッチを押し、「猿の惑星」を破壊する。テイラーは神のように、争いの終わらない世界に審判を下したのだ。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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