『スターシップ・トゥルーパーズ』 ファシズムへの道

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


近所のローソンに500mlの缶のコーラがあり、好きで時々読飲んでいる。
冷えた炭酸の刺激で気づかないが、時間が経って温くなったコーラには強烈な甘さがある。
500mlのコーラには角砂糖14個分もの砂糖が使われている。

『スターシップ・トゥルーパーズ』も一見すると宇宙が舞台のSFアクション映画なのだが、冷静に観ると、そこには強烈な毒が潜んでいる。

『スターシップ・トゥルーパーズ』

『スターシップ・トゥルーパーズ』は1997年に公開されたポール・ヴァーホーヴェン監督のSF映画。主演はキャスパー・ヴァン・ディーンが務めている。

原作はロバート・A・ハインラインのSF小説『宇宙の戦士』。この小説は『エイリアン2』や『機動戦士ガンダム』を始めとして多くの作品に影響を与えた名作でもある。
ハインラインは右翼でも左翼でもなかったが、青年時代に軍隊に入ったことがきっかけで、生涯一貫して国を守る軍隊の有用性を信じていた(アイザック・アシモフによると最初にハイラインは元々はリベラルであるが、1948年の再婚の時から妻の影響で保守になったらしい)。

だが、ポール・ヴァーホーヴェンはそんなハインラインの原作を自分の色に染め直して大胆に脚色している。
ヴァーホーヴェンならではのグロテスクな描写はその最たるものだろう。何しろ冒頭から人体破壊描写が炸裂する。あまりの過激さに成人映画扱いになるところを、首が飛ぶ数をなんとか減らして で上映にこぎ着けたという話もある(それでもアメリカでは成人指定を受けた)。
だが、冒頭で述べた毒とはそのことではない。本作が軍国主義を強烈に風刺していることだ。

軍国主義の風刺

『スターシップ・トゥルーパーズ』は昆虫型の宇宙生物(アラクニド)と人類との戦いを描いているが、その始まりは人類が宇宙に植民を広げ、アラクニドの領域を侵したことがきっかけだった。
これは西部開拓を「マニフェスト・ディスティニー(明白な天命)」として先住民を虐殺した大開拓時代のアメリカのようだとも言える。 マニフェスト・ディスティニーとは「神が我々に与えたもうたアメリカ合衆国を拡大するのは神が我々に与えた明白な使命である」という考えだ。「明白な天命」を実行する過程において実に95%ものアメリカ・インディアンが命を落とした。
もしかしたらアラクニドたちはこのアメリカインディアンと同じかもしれない。

だが、映画の中ではそういう視点はほとんど描かれない。アラクニドたちは徹底して残虐な悪として存在している。「良いインディアンは死んだインディアンだ」とアメリカインディアンとの戦争に従軍したフィリップ・シェリダンは言い残している。『スターシップ・トゥルーパーズ』の中でも「良い虫は死んだ虫だ」という台詞がある。(アメリカインディアンの迫害の歴史に関しては『ブレイブ』のレビューも参照してほしい)

『スターシップ・トゥルーパーズ』では随所に差し込まれるプロパガンダCMと相まって、命を賭けてアラクニドと戦う兵士こそがヒーローなのだ。それは原作者のハインラインの思想であり、それをそのまま描いている。
軍歴のあるものにだけ市民権が与えられるという設定もそうだ。それに関して『宇宙の戦士』では軍歴を持つものは自分の利益より公共の利益を優先するからという理由が述べられている。奇しくも古代アテネも兵士にのみ参政権が認められていた。

ポール・ヴァーホーヴェンの真意

だが、そんなハインラインの軍隊賛美をヴァーホーヴェンはことごとく茶化して見せた。
ヴァーホーヴェンは1938年、第二次世界大戦下のオランダ・アムステルダムに生まれる。幼少期をハーグで過ごしたヴァーホーヴェンだが、当時のハーグはナチス・ドイツの軍事基地があったために、味方であるはずの連合国軍から激しい爆撃を受けており、日常的に死体がころがっているような環境だったという。
その凄惨な光景を元風景として育ったヴァーホーヴェンにとって、暴力は当たり前のことだった。自身の作品の特徴でもある過激なバイオレンスやセックスについて、ヴァーホーヴェンは「私にとっては日常的なこと」と述べている。
一方で戦争には嫌悪感を抱いており、『スターシップ・トゥルーパーズ』に関しては「原作には惹かれなかった。私は戦争や軍隊を美化したり擁護するのは大嫌いだからだ。唯一心が躍ったのはバグ達と人類のバトルだった」と語っている。 それを裏付けるかのように2014年のインタビューでもヴァーホーヴェンは原作の『宇宙の戦士』について「とても退屈だったので、2章の後で読むのをやめた」と述べている。
ではヴァーホーヴェンが『スターシップ・トゥルーパーズ』で目指したものは何だろうか。
「少年少女の心が無意識のうちにファシズムに向かっていることを描きたかった」ヴァーホーヴェンはそう語っている。

ファシズムはなぜ支持されたのか

ファシズムの語源はイタリア語のファッショ、束ねるという意味だ。
もともとイタリアのムッソリーニの属するファシスト党の独裁的からファシズムという言葉は生まれた。
ムッソリーニはその政治体制においてプラトンから影響を受けたという。プラトンは民主主義ではなく、少数の哲人による独裁を最も好ましい政治体制とした。
だが、注目したいとはファシズムは民主主義から生まれているということだ。
帰ってきたヒトラー』のレビューでも書いているが、ナチス・ドイツのヒトラーもドイツ国民からの一定の支持がなければ、台頭することはできなかった。
当時のドイツは第一次世界大戦の講和条約であるヴェルサイユ条約による天文学的な賠償金(ドイツ側の支払いの売り欲の限界は200億マルクだったが、実際に課された賠償金は1320億マルクであった)に苦しんでおり、また領土の割譲や、軍備の縮小などドイツ人の誇りは著しく傷つけられた。賠償金のために経済は極度のインフレとなり、暴動や反乱が頻発した。

そんな中でベルサイユ条約の破棄を訴え、再び強いドイツを目指そうとしたヒトラーに多くの人が惹かれたのも事実だ。
内政の不安定さ、国家の存亡が問われるときにこそ、大衆は強いリーダーを求めるのだろう。

また、ドイツは第一次世界大戦の途中まではまで民主主義によって与えられた自由にどう対応していいかわからず、結局ヒトラーという力強いリーダーを選んでしまったという見方もあるようだ。
『スターシップ・トゥルーパーズ』でも民主主義ではアラクニドとの戦いでは役に立たなかったと示唆されている。

失われる理性

それは高校時代のリコが軍隊経験者の教師であるラズチャックの講義を受ける場面だ。
ラズチャックは民主主義を否定し、「暴力では何も解決しないのでは?」という生徒に対して暴力の重要性を教える。
ここでは学校の教師という権威が民主主義の否定と暴力の肯定を推奨したことを覚えておきたい。私たちの価値観とは違うことに戸惑いを覚えるが、リコは艦隊パイロットを志望する恋人のカルメンの影響もあり、親の反対を振り切って軍隊に志願する。
成績面では落ちこぼれのリコが入隊できたのは最も過酷な歩兵部門。新兵訓練の上官のキツいしごきにも耐え(おそらくこの場面はスタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』へのオマージュもあるだろう)結果を出していくリコだが、訓練中のミスにより仲間を一人死なせてしまう。
責任を感じ、リコが除隊しかけたその時にアラクニドの攻撃により、故郷のブエノスアイレスは壊滅。リコの両親共々亡くなってしまう。
リコは除隊願いを取り消し、再び軍人となり、戦争の真っ只中に身を投じていく。

ここで興味深いのは、この瞬間から映画から理性が失われていくことだ。
復讐のために敵の本拠地に乗り込むリコ達。そこには戦場レポーターも共に搭乗するのだが、彼の「バグと人間、共存の道はないのか」というナレーションはリコの「皆殺しだ!」の声にかき消されてしまう。
だが、そこでの戦闘は人類の圧倒的な敗北だった。なぜか敵の本拠地を攻めるにも関わらず、空爆せずにいきなり歩兵部隊を送り込む。
この結果により、作戦は大規模な変更を余儀なくされ、アラクニドの支配するまもむ周辺の星を一つ一つ潰していく方針に変わる。ここからは事前に空爆する様子も描かれる。
仲間の多大な犠牲を出しながらも遂には敵の頭脳であるブレイン・バグを捕らえ、戦争にも明るい兆しが見え始める。

ここまでの流れはいかにもSFエンターテインメントで素直に楽しめるが、エンディングではこれが全て新兵募集のためのプロパガンダだったことが明かされる。
つまり、私たちの観た映画本編は軍隊に志願させるために巧妙に作られた「作品」かもしれないのだ。
ファシズムへの入り口は砂糖のように甘い誘惑でもある。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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