『スパイナル・タップ』多くのミュージシャンに愛された、最もリアルなロック映画

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15年ぶりのライヴ

2022年のクリスマスは縁があって15年ぶりにライヴを行った。ステージ上でのカッコよさだけではなく、予期せぬトラブルやスタジオ練習などの裏側を含めてロックバンドだと思う。
実際、リハーサルまでは何もなかったのに、本番では私のベースから音が出ないというトラブルが発生、アンプを介してではなく、スピーカーから音を直接出すという苦肉の策で乗り切ったわけだが、やはり音はアンプほどの迫力もなく、また準備していたディストーションも使わわないまま終わってしまった。
ライブは楽しかったが、どうしても拭えない悔いの残る1日もなってしまった。文化系男子にとってライブこそが最大クラスの「華」ではないか!なのにもう!

しかし、今振り返って、「でもそれって『スパイナル・タップ』みたいじゃん」と思う。

『スパイナル・タップ』

『スパイナル・タップ』は1982年に公開された、ロブ・ライナー、クリストファー・ゲスト主演のコメディ映画。後に『ミザリー』や『スタンド・バイ・ミー』で有名になるロブ・ライナー監督の監督デビュー作でもある。
ロック・バンド「スパイナル・タップ」の復活を追いかけたドキュメンタリーと見せかけて、笑えるコメディ映画として制作された疑似ドキュメンタリー映画なのだ。
だが、著名な(というか世界的な)ロック・ミュージシャンからも、この映画は高く評価されている。
真剣にロック・ミュージックに取り組んでいる人なら、ロックを笑いのネタにするなど言語道断だろうが、『スパイナル・タップ』はそうならずに、多くのミュージシャンから愛された。『スパイナル・タップ』はその可笑しさ含めてリアルだったからだ。

『スパイナル・タップ』への有名ミュージシャンからの声

メガデスのマーティ・フリードマンは「『スパイナル・タップ』はアメリカのロックミュージシャンの聖書のような存在」と言い、ポリスのスティングは本作を50回観賞したと明かした上で「リアル過ぎて泣いていいのか笑っていいのかわからなかった」と述べている。
他にも元ドッケンのギタリスト、ジョージ・リンチは『スパイナル・タップ』を観て「これは俺たちだ!彼らはどうやって俺たちについての映画を作ったんだ?」と言ったという。
また元ミスフィッツのグレン・ダンジグはスパイナル・タップをミスフィッツと比較し、「ねえ、これ俺たちの古いバンドだ」と述べた。
さらにU2のギタリスト、ジ・エッジは『スパイナル・タップ』を初めて見たとき、「私は笑わなかった。私は泣いた」と語っている(ちなみにエアロスミスのスティーブン・タイラーは『スパイナル・タップ』のあまりのリアルさに「本当のことを茶化しやがって」と怒ってしまったらしい)。

もちろん、日本のミュージシャンの間でも『スパイナル・タップ』は愛されている。
筋肉少女帯の大槻ケンヂは『スパイナル・タップ』について「バンドマンとしてこれほど身につまされて爆笑させられて泣かされるロックバンドあるある映画は他に無い」と述べ、『スパイナル・タップ』はロックバンドをテーマにしたどの映画よりもリアルだと評している(ちなみに次点はキャメロン・クロウ監督の『あの頃ペニー・レインと』らしい)。
ラウドネスのボーカリスト、二井原実は『スパイナル・タップ』で描かれたエピソードに近いことをバンドマンは数々経験していると述べている。

スパイナル・タップの経験したこととは?

スパイナル・タップの経験したこととは?まず、発注したセットが全く大きさの異なるものが出来上がってくる。また、楽屋からステージまでの道で迷子になる、アルバムのジャケットに「女性軽視」とのクレームがつき、あろうことか黒一色のジャケットになってしまう、繭を模したセットから各メンバーが登場する予定が、ベースの繭だけ開かずにそのまま曲が終わってしまうなどだ(ちなみにも最も有名なアンプのメモリが11まであるマーシャルについては「『スパイナル・タップ』とマーシャル1959 JMP100」で詳しく書いている)。
大の映画マニアとしても知られる筋肉少女帯の大槻ケンヂの著作『オーケンの、私は変な映画を観た!』によると、筋肉少女帯もまた『スパイナル・タップ』と似たような経験を重ねてきたことが綴られている。
例えば「野獣が牢獄で凄むイメージで」とジャケットのデザインを伝えたところ、出来上がったものは「真っ黒な箱の中にポツンと豚が一匹いるもの」だったり、毛皮のコートをステージ衣装屋にリクエストしたつもりがねんねこ半纏が届けられていたりといったエピソードが語られている。

ロックンロールの魅力

個人的にも今まで多くのロック映画を観てきた。パッと思いつくだけでも『あの頃ペニー・レインと』、『ランナウェイズ』、『ボヘミアン・ラプソディ』、『イエスタデイ』『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』、『スクール・オブ・ロック』、『ファントム・オブ・パラダイス』などの作品がある。
この中で『スクール・オブ・ロック』は特に思い入れのある作品で、主人公のダメ人間、デューイのそれでもロックを愛する純粋さに泣けてきてしまう。いうなれば『スクール・オブ・ロック』はロックを題材にしながらもその本質に青春コメディのエッセンスがあると言っていい。
もちろん、それもロックの本質だと思う。ロックを愛する大人も多い。その誰もが青春時代にロックに触れて、ロックに夢中になったはずだからだ。
ただ、ロックはそんな健全な魅力だけではない。『スパイナル・タップ』が見せるのは「セックス・ドラッグ・ロックンロール」に代表されるロックンロールの危険さと華やかさ、そしてそうもいかないロックバンドのちょっとトホホな現実だ。

スパイナル・タップのデビューから全盛期、落ちぶれた80年代とその時代ごとのバンドスタイルの変遷を見ていくだけでも面白い。
そこにはロックの黎明期である1960年代から、ハードロック全盛の1970年代など、ロックバンドのスタイルや音楽の流行りの移り変わりが描かれている。
デビュー時はまるでビートルズのコピーバンドのようだ。そういえば同時期にデビューしたローリング・ストーンズも当初は同じようなスタイルだったよなと思う。ビートルズはデビュー前はレザージャケットにリーゼントという、当時の不良達に流行していたスタイルで活動していたが、デビューにあたってはマッシュルームカットとスーツというモッズスタイルに変貌している(このあたりはデビュー前のジョンレノンをテーマにした『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』でも詳しく描かれている)。
そして1970年代にはハードロックに、映画の公開時期である1980年代にはシンセサイザーなどもフィーチャーされていて、ヴァン・ヘイレンやジャーニーなど、同じくシンセサイザーを取り入れた当時の人気バンドを思い出させる。

ブラックアルバムを生み出した『スパイナル・タップ』

そこに実在のバンドのエピソードが脚色されてスパイナル・タップというバンドの物語に取り入れられている。
吐瀉物を詰まらせて亡くなったドラマーはレッド・ツェッペリンのジョン・ボーナム、ヴォーカリストとギタリストの確執はエアロスミスのスティーヴン・タイラーとジョー・ペリーを彷彿とさせる。
このように『スパイナル・タップ』にはロック・ファンなら思わずニヤリとしてしまうようなエピソードも多い。
ちなみに前述の「黒一色になってしまったジャケット」はその後、メタリカの伝説的な名盤『メタリカ』(通称:ブラックアルバム)にも影響を与えている。

ザ・フーのギタリスト、ピート・タウンゼントはかつてロックについてこういう言葉を残している。「ロックは悩みを解決しない。悩みを抱いたまま踊らせるのだ」
その不器用な魔法が『スパイナル・タップ』には溢れているように思う。

冒頭の話に戻るが、そんな『スパイナル・タップ』を観ていたら、ライブでベースアンプから音が鳴らないという致命的なトラブルさえも、ロックバンドの一つの勲章のようにすら思えてしまう。
だってそれって『スパイナル・タップ』みたいじゃん!

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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