
『プレデター』は南米のジャングルの中で、特殊部隊員と未知の異星人との戦いを描いた作品だ。
公開時まで、『プレデター』が異星人モンスター映画であることは伏せられていたという。
プレデターとは「捕食者」という意味だが、筋骨隆々のシュワルツェネッガーを指して「プレデター」というタイトルなのだろうと勘違いしていた観客もいたに違いない。
さて、今回紹介するのはそんな『プレデター』の続編となる『プレデター2』だ。監督はスティーヴン・ホプキンス、主演はダニー・グローヴァー。一般的には『リーサル・ウェポン』シリーズでメル・ギブソンとバディであるのイメージが強いだろう。
『プレデター2』はジャングルのようなショットから始まる。まるで『プレデター』の直後から物語が再開したかのような感覚になるが、カメラはやがて、そこがジャングルではなく、大都会の一角に過ぎないことを明らかにする。そう、『プレデター2』の舞台はジャングルはジャングルでも、コンクリートジャングルなのだ。
ディストピアの近未来
「蒸し暑い夏に現れ、人間の頭蓋骨をトロフィーにする悪魔」
『プレデター』では、の女が古くより伝えられてきたプレデターの伝承をそう表現する。
『プレデター2』の舞台は映画の公開時から7年後となる1997年のロサンゼルスだ(公開時点から見ると十分未来である)。そこは単に暑いだけではない。治安は悪化の一途を辿り、ギャングと警察の間で市街戦が勃発している。『プレデター2』の未来はディストピアなのである。
『プレデター』は奇妙なSF映画だ。異星人との遭遇を描いた映画だが、宇宙船(UFO)はほとんど登場しない。物語の舞台も人工物が何もないジャングルだ。異星人との遭遇ならば、例えば『エイリアン』は人間が宇宙まで活動域を広げた未来を舞台にし[…]
ロボコップとキングギドラ
なぜ『プレデター2』の未来図はディストピアなのか。ここでは同じ時期に公開された2本の映画を取り上げる。
最初は1987年に公開された『ロボコップ』だ。こちらの舞台は近未来のデトロイト。街の風景こそ、著しく発展した巨大都市と呼べるが、その治安は最悪で、ギャングがはびこり、警察の殉職者が絶えないという有様だ。
当時のデトロイトは荒廃していたため、撮影はダラスで行われたのだが、なぜ『ロボコップ』はデトロイトを舞台にしたのだろうか。
それがディストピアにもっとも近い現実だったからだ。
かつてアメリカは製造業が経済の中心であり、自動車産業が集まったデトロイトはモーターシティとも呼ばれ、1950年代には180万人の人口を抱える一大都市になった。
しかし、黒人労働者の台頭と、白人労働者の郊外への移転により、徐々にその勢いに陰りが見られるようになる。そして、アメリカのモーターカンパニー自体も日本車の台頭によってその勢いを失っていく。
1980年代になると『ウォール街』でも描かれていくように、経済の中心は製造業から金融業へシフトしていく。デトロイトの人口は2020年には64万人にまで減少。スタートアップ企業なとから新たな産業も生まれつつあるが、依然として貧困率・犯罪率も高く、治安はアメリカの中でもワースト10に入るという。
『ロボコップ』の製作時期はちょうど日本のバブル景気とも重なる。実際にデトロイトの没落に日本が影響を与えたことは間違いない。
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2本目は1991年に公開された『ゴジラvsキングギドラ』。ただの怪獣映画だと思うことなかれ。バブル当時の日本の自意識がこの映画には描かれている。
映画の内容こそ『ターミネーター2』や『グレムリン』の劣化コピーのようなものが散見されるのだが、注目すべきはその設定だ。
『ゴジラvsキングギドラ』ではアメリカ人と思われる未来人が1991年の東京へタイムスリップしてくる。彼らは未来での脅威となっているゴジラの誕生を阻止、そして自らのコントロール下における怪獣として、キングギドラを誕生させることを目論んでいた。
なぜキングギドラが必要なのか?
実は未来人の暮らす23世紀では、日本はアメリカやソ連をも凌ぐ超大国になっている。そこで未来人はキングギドラを使って現代の日本を襲わせることで、将来の日本の国力を削ごうと考えていたのだ。
この設定をみても(今では信じられないことだが)当時の日本が世界の覇者になるという未来は非常に現実味を帯びていたと言える。
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『プレデター2』もこうした当時の世相の影響を受けた作品の一つと言えるだろう。
主役がマッチョな白人であるアーノルド・シュワルツェネッガーから、痩せ型の中年の黒人であるダニー・グローバーへと交代しているが、これも相対的に黒人たちが社会の中で活躍するようになったことへの反映ではないだろうか。
ダニー・グローヴァー演じる、マイク・ハリガンは重武装したギャングの集団に手も足も出ない警官隊の中で、自らが最前線に立ってギャングのテリトリーまで突撃、負傷した警官の救出に回る。
ギャングらも武器庫へさらなる武器の補充へ向かったところ、そこへ現れた「何か」に襲われ壊滅状態となる。ギャングのアジトでの異変を察知したハリガンは、仲間と共にアジトへ踏み込むが、そこはすでにギャング達の死体が溢れていた。
生き残ったギャングを追って屋上に辿り着くハリガンは、人間ではない「何か」と遭遇する。
そして「何か」は数日後にジャマイカの麻薬ギャング団を惨殺。事件の捜査にあたったも殺したことから、ハリガンはその「何か」との対決を決意する。
プレデターを決定づけた作品
この『プレデター2』、公開当時には批判的な評価が多かったそうだが、個人的には『プレデター』よりもこちらの『プレデター2』の方が思い入れが深い。
実は初めて『プレデター』シリーズを観たのは『プレデター2』だったからだ。姿の見えない敵、皮を剥がれて吊り下げられた遺体、意味深なラストなど、『エイリアン』シリーズとはまた違った意味で強いインパクトを放っていた(もちろん吊り下げられた遺体の描写がトラウマになったことは言うまでもない)。
だが、それ以上に「武器を持たないものは殺さない」「同族を殺した者であっても、強い者は認める」などの一種の掟や品性を持っていることを決定づけたという意味で『プレデター2』は非常に重要な作品だ。
一般的な評価は『プレデター』の方が上だと思うが、この後に続く多くの『プレデター』シリーズの根幹は間違いなくこの『プレデター2』にある。
同じ構造を持つシリーズとして、『ゴジラ』をイメージしてもらえると分かると思う。名作と評されるのは第一作目の『ゴジラ』であるが、敵怪獣と戦うという、その後のゴジラ映画のフォーマットの元になったのは、その続編である『ゴジラの逆襲』だ。
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ちなみに、よく映画の続編は失敗するというのか半ば定説のようになっているが、『エイリアン2』や『ターミネーター2』のように、一作目を凌ぐ人気を誇った作品もある(この2作はどちらもジェームズ・キャメロンが監督を務めている)。
自分が作れる限りの、最大限に、大胆に、そして派手な映画を作った
本作においても、食肉処理場に潜んでいるプレデターに特殊部隊員が急襲を駆けるも、プレデターの逆襲によって1人1人殺されていくシーンはまるっきり『エイリアン2』のコピーである。
狭い空間で、彼らの死は指揮を執る別室のモニターの画像として処理される。業を煮やしたハリガンが現場へ向かおうとするのも、『エイリアン2』のリプリーの行動と重なる。
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監督のスティーヴン・ホプキンスは『プレデター2』の制作時はなんと30歳そこそこの若さだ。怖いものなど何もなかったのだろう。
「やりすぎだよ。とにかく思い切って、自分が作れる限りの、最大限に、大胆に、そして派手に映画を作ったんだ。当時29歳で、まるで暴れん坊の子供みたいにロサンゼルス中を駆け回り、ありとあらゆるものをぶっ壊し、血みどろにしていた」
そうスティーヴン・ホプキンスは述懐している。
本作のラスト、プレデターを追って彼らの宇宙船へ辿り着いたハリガンは、そこで彼らの戦利品を目撃する。
この中に人間の頭蓋骨に混ざってゼノモーフの頭蓋骨も並べられているのはそんなの遊び心の極致だろう(この設定は後に『エイリアンvsプレデター』へと発展することになる)。
そして、プレデターを倒したハリガンの下は多数のプレデターが見守る中、長老プレデターから銃を手渡される。その銃にはとおり、古来よりプレデターが地球へ飛来し、人類をハントしていたことが示唆される。
ともすればやや散漫な印象もある『プレデター2』だが、言い換えればそれほどにエネルギーが充満しているとは言えないだろうか。